「MU-300」型式証明書

MRJ計画失敗、技術者が「謙虚さに欠けていた」 元社長が激白 破綻の原因はたった1枚の書類

2023年08月22日(火) テレビ愛知さんの記事です!

MRJ計画失敗、技術者が「謙虚さに欠けていた」 元社長が激白 破綻の原因はたった1枚の書類(テレビ愛知) - Yahoo!ニュース

 

愛知を拠点に三菱航空機が開発していた国産初のジェット旅客機、MRJ。ニッポンの航空産業の中核として量産化が期待されていましたが2023年2月、ついに計画の中止が発表されました。

 

夢の開発プロジェクトがなぜ頓挫したのか。三菱航空機の元社長の川井昭陽氏が、当時の胸中を明かしました。

 

三菱重工が国産初のジェット旅客機として開発を決めたのが「三菱リージョナルジェットMRJ)」です。

 

 

三菱重工が国産初のジェット旅客機として開発を決めたのが「三菱リージョナルジェットMRJ)」です。

100席以下の小型機ながら、部品点数は車の30倍にあたる約95万点。県営名古屋空港を開発拠点にした夢の国産ジェット旅客機の生産は、この地方に新たな基幹産業の誕生を期待させるものでした。

 

しかし度重なる設計変更で、プロジェクトは6度にわたって計画延期。2019年には名前から三菱の“M”の文字も消えました。そして2023年2月、開発中止を発表しました。

 

1枚の紙がMRJ計画破綻の引き金に

 

MRJの計画が破綻した原因は「たった1枚の書類のため」です。三菱航空機の元社長、川井昭陽氏に話を聞きました。

 

三菱航空機 川井昭陽 元社長:
「これ(画像)が型式証明ですね。この1枚を取るために皆さん苦労しました」

 

 

「MU-300」型式証明書

 

三菱重工が1980年代に開発したビジネスジェット機「MU-300」に対してFAA(アメリカ連邦航空局)が発行した型式証明書です。型式証明とは、旅客機の安全性を証明するための審査で、その飛行機を飛ばす国ごとに申請して認可を得ないといけません。

 

 

WEB版 航空と文化 *本記事は『航空と文化』(No.107) 2013年夏季号からの転載です。 2013.11.25 https://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2013_11/2013_11.html

 

川井元社長:
「飛行機を作るのは、そんなに難しいわけではない。ただ型式証明を取る段階になるとそれは全然違う技術になりますから」

 

たくさんのアメリカ人の助けを受けた

 

川井元社長は「MU-300」の開発にも携わりました。

 

川井元社長:
「定石とか常道がこの世界にもあって『MU-300』(の型式証明)も日本人だけで取れたわけではなくて、経験豊富なアメリカ人の助けをいっぱい受けました。FAAから『この人はこの領域においてはFAAと同じ資格がある』ことを認定されている人がたくさんいます。その人たちの指示に従ってやっていました」

 

それから30年後、川井氏は三菱航空機の社長としてMRJの型式証明の取得で陣頭指揮をとることになりました。

 

FAA以上の実力を持つボーイングのOBを集めた

 

川井元社長:
「経験がなければ経験した人を連れていく以外はないなと。当時頭に浮かんだ経験者が、ボーイングの人たちです。

 

FAAと対等に話ができる、あるいはFAA以上の実力を持っている人がボーイングの中のOBなんです。そういうことを経験した人を連れていくことによって、その経験を日本の中に少しでも導入したいなと思いました。彼らは1年で(ボーイング777の型式証明を)取得していますからね、初飛行から」

 

三菱航空機の技術者たちとの間に生まれた溝

 

2014年、機体の完成を祝うロールアウト式典に川井元社長の姿がありました。この式典で川井元社長は「MRJの開発に向かって邁進していく」と意気込みを語ります。

 

しかしその晴れの日でさえ、量産化への道筋が見えていなかったと当時を思い返します。

 

川井元社長:
「『本当にできるのかな』というのは正直ずっと不安を持って過ごしていました。何から手をつけていいのか分からないような状況です」

 

不安の原因は、開発の現場にありました。苦労の末に招き入れたボーイングのOBたちと、三菱航空機の技術者たちとの間に、溝のようなものを感じていたと川井さんは話します。

 

技術者たちは「うぬぼれていた」のでは

 

川井元社長:
「そのすごさが教わる側が分かっていれば、ちゃんと聞くんですけど、私がいろいろなことを言っても、彼らは『自分のやり方でやります』とはっきり言うとそういうタイプ。

その当時の技術者は“うぬぼれ”があったのではないかという気がしています。

 

飛行機としてはいい飛行機を造ってくれます。いわゆる履き違えていたんです。飛行機を造ることと、安全性を証明していくことは違うことなのが分かっていなかったんだと思います。やっぱり謙虚さに欠けていたところがあると思います」

 

開発に費やした事業費は約1兆円。結局、MRJの型式証明は申請から約15年をかけても取得することができませんでした。

 

川井元社長:
「完成機はもうないと私は思っています。しばらくは…。これは国家的な損失だと思います。世界における日本の地位がどんと下がりましたから」

愛知のニュースさんの記事でした!

 

 

WEB版 航空と文化
*本記事は『航空と文化』(No.107) 2013年夏季号からの転載です。
2013.11.25

WEB版『航空と文化』 川勝弘彦 「型式証明制度の意義 ―航空機の安全性を確保するために―」 日本航空協会 (aero.or.jp)

 

如何に証明書が難しいか画像だけを掲載

 

 

図1 国産航空機開発の歩み

 

 

対外的にもこれを示していくことが、本プロジェクトの成功にとって重要であると考えています。(図2)

 

 

航空局は、製造された一機一機について型式証明を取得した設計通りに製造されていることを確認し、耐空証明書を発行します。そして、運航者は、同耐空証明書を機内に備えて運航することとなります。(図3)

 

 

必要な解析、試験等の内容を航空局が審査・確認し、適合性証明計画に示された全ての証明項目が完了していることが確認された後、型式証明書が発行されることとなります。(図4)

 

この基準は、事故の発生等に応じて順次見直されていますが、型式証明申請時点で最新のものを用いることとなっており、また、その後の改訂版を適用することも可能となっています。(図5)

 

これらの基準をそのまま適応することが適当で無いと判断される場合には、①特別要件、②同等の安全性、③適用除外が活用されます。

特別要件
  航空機の設計の特徴が前例のない又は通常と異なる場合で、既存の基準に適切な基準がない場合に、追加して設定する要件。 
同等の安全性
  航空機の設計が、現行の基準を厳格に適用することが著しく困難で、同基準によるものと同様な証明を他の方法により実施することが可能な場合に認められる。
適用除外
  航空機の設計が、現行の基準を厳格に適用することが著しく困難で、当該基準の適用による証明が無くとも耐空性基準で要求される安全性が確保可能な場合に、その基準の適用を除外するもの。

 

 

このようにして適用基準、適合性証明計画が出来ると、次は適合性の証明を行うこととなります。証明方法としては、図面による証明、解析書等による証明、試験による証明の他、規定書類を作成することによる証明があります。(図6)

 

 

部分構造を試作し、基本的な構造に対する解析手法や破壊条件の妥当性の評価や、製造手法の評価を行い、強度解析の精度を向上させていきます。また、主翼や尾翼などの構造については、実物と同等のものを製造し、強度試験を行い、必要な強度が得られているか確認を行います。(図7)

 

 

航空局は、日本の運航者に対して同内容の耐空性改善通報(TCD)を出すことになります。将来MRJについて耐空性の維持のための検査等が必要となった場合には、逆に航空局がまず耐空性改善通報を発行し、運航国に同情報を提供することになります。(図8)

 

 

図9 運航・整備要件評価グループの活動

 

書類が苦手な吾輩、コピペの手抜きでした!