感覚的には1ドル=200円の時代

さらに貧しく?ついに終わりを告げる日本経済の「現実逃避」時代

2021年11/1(月) 

 

 

 日本経済が原油価格高騰と円安というダブルパンチに見舞われている。今回の円安にはドル高という要因に加え、日本売りというニュアンスが含まれており、日本経済にとってポジティブであるとは限らない。これまで日本経済は良くも悪くも物価が低位安定してきたが、いよいよその時代が終わろうとしている。(加谷 珪一:経済評論家)

 

■ 物価が上がる材料が揃っている

 

 原油価格がこれまでにない高騰を見せており、1年前には40ドル前後だった先物価格はすでに80ドルを突破した。一部の市場関係者からは100ドル突破も近いとの声も聞こえてくる。原油価格が上昇している直接的な原因は、コロナ終息後の景気回復期待から需要が急拡大したことだが、それだけが理由ではない。  コロナ後の社会では急ピッチで脱炭素シフトが進むと予想されており、長期的に石油の需要は消滅していく。もし2050年までにカーボンニュートラルが実現する場合、10年後の石油需要は10%、20年後には20%以上の減少が見込まれている。産油国にとっては、消え行く資産である油田に積極投資を行い、生産を拡大するというインセンティブは働きにくい。現状の油田から得られる利益を最大化するため、需要が拡大している現状においては、価格を高めに誘導したいとの思惑がある。

 

 

 経済学の基本として、理由の如何を問わず、市場に対して経済成長のスピードを超えて大量のマネーを供給すれば、最終的にはインフレ圧力に転じる。また世界経済全体を見渡せば、新興国の生活水準の向上でエネルギーや資材、食糧の消費が増えることは確実であり、それに対して十分な供給体制は構築されていない。物価が上がる材料は十分に揃っていたので、見えにくかったインフレ圧力が、コロナ危機をきっかけに顕在化したと考えた方が自然だろう。

 

■ 輸出競争力の低下で交易条件が悪化

 

 インフレが全世界的に進んだ場合、各国はそれなりの影響を受けるが、米国のような消費大国で基軸通貨を持つ国は、それほど大きな影響は受けない。輸入物価が上昇した分だけ企業は製品価格に転嫁すればよく、国内の物価が上昇すると同時に、賃金も上がっていくので、労働者の実質的な可処分所得はそれほど大きくは変わらない。  一方、ドイツのような高付加価値な輸出大国も日本と比較すると影響は少ない。ドイツは日本と同じように原材料や部材を輸入して製品を輸出する典型的な加工貿易だが、付加価値が高い製品が多く、輸入に占める原材料の比率が低いだが日本は同じ加工貿易でも、原材料を輸入する比率が高く、資源価格高騰の影響をモロに受けてしまう。また付加価値が低い製品の場合、価格が主な競争力の源泉となるので、原材料費が高騰したからといって一方的に価格を上げることは難しい。

 

 輸出物価と輸入物価と比率のことを交易条件と呼ぶが、輸入価格が上がっているにもかかわらず、輸出価格がそれほど上昇しない場合、交易条件が悪化し、日本が貿易によって得られる利益(交易利得)が減少する。オイルショックが発生した70年代は、何とか製品価格に転嫁することで日本企業は業績を維持したが、今の日本は輸出競争力を大幅に低下させており、コスト上昇分を価格に転嫁できず、企業収益を圧迫するリスクがある。  困ったことに、海外の物価上昇にタイミングを合わせて円安も進行している

 

 日本は原油天然ガスなどエネルギー関連で約10兆円、電気機器類で約12兆円、衣類などで約3兆円、医薬品で約3兆円、食品類で約7兆円など、合計で年間約70兆円の輸入を行っている。輸入された原材料や部品の一定割合は最終製品として再輸出されるので交易利得につながるが、残りは日本国内で消費されるため、円安は消費者の生活を直撃する。

 

 すでに多くの食品が値上がりしているほか、マンションや住宅の価格も原材料価格の高騰と円安の影響を受けて再び上昇する懸念が高まっている。これまで110円前後で安定していたドル円為替相場は一時、114円台まで高騰しており、さらに円安が進んだ場合、日本人の可処分所得は大きく減ることになる。

 

■ 日本はすでに1970年代に逆戻りしている

 

 これまで一般論として円安は良いこととされてきた。円安が進めば輸出産業の業績が拡大し、国内にもその恩恵がもたらされるというロジックである。だが近年は輸出競争力の低下によってその流れが成立しにくくなっている。安倍政権はアベノミクスによって日本の輸出産業が復活したと主張したが、現実は金額ベースでの輸出が増えただけで、数量ベースの輸出はほとんど増えなかった。円安による見かけ上の効果であり、ビジネスの実態は何も変わっていない。

 

 日本はもはや輸出産業の競争力で経済を回す構造ではなく国内消費によって経済を回す消費主導型経済にシフトしている。だが肝心の国内消費は長期低迷が続いており、こうした状況で海外の物価が上がったり、円安が進むと、可処分所得の減少によって消費はさらにダメージを受ける。

 

 近年、日本が貧しくなったという指摘が相次いでいるが、根本的な原因は日本が成長できず、海外の物価上昇に対して買い負けしていることである。これまでは為替レートがあまり動かなかったことから、何とか持ちこたえてきたが、ここで名目上の為替レートが動き始めると、状況は大きく変わる

 

 物価の上昇を考慮に入れた実質実効為替レートはすでに1970年代の水準まで下落しており、感覚的には1ドル=200円の時代に近いと思って良い。ここからさらに名目為替レートが下がれば、ますます1ドル=360円だった固定相場制の時代に近づくことになる。

 

■ 低金利を前提にしていた日本経済が直面する試練

 

 今のところ為替は114円前後で一段落しているようだが、多くの関係者が115円を突破した場合には120円前後まで円安が進む可能性があると指摘している。もし1ドル=120円台が定着した場合、円高とデフレ、極端な低金利を大前提にした日本経済の仕組みは根本的に変わらざるを得ないだろう。

 

 この水準まで円安が進めば、ゼロ金利政策の継続が極めて難しくなる。ゼロ金利が終了し金利が上昇すれば、日本政府には巨額の利払い負担が発生し、日銀も潜在的な損失リスクに直面する。日銀が保有する国債時価評価しないので償還まで損失は顕在化しないが、額面を超えた金額で購入した国債については、償還時に損失を確定する必要がある。損失が発生するたびに日銀の自己資本毀損するので、場合によっては巨額の国民負担が必要となる可能性も否定できない。

 

加谷 珪一さんの記事です!