マルチメッセンジャー天文学が捉えた新しい宇宙の姿

あの星まで〇光年!? 宇宙の距離はどうやって測る?

2021年12/27(月) 

 

 

地球から10億光年離れたブラックホールを発見! といったニュースを目にすることがあります。でも、そもそもこれだけ離れた天体との距離をどうやったら測ることができるのでしょうか?  新しい天文学といわれる「マルチメッセンジャー天文学。その気鋭の天文学者が、この素朴な疑問をわかりやすく解説します。

 

10億光年先の天体までの距離を測るには?

 

 宇宙にある天体までの距離はどのように測れば良いのでしょうか?   できればその天体まで行って距離を測りたいところですが、人類が探査機を飛ばして直接行ける距離は限られています。

 

 例えば、日本の「はやぶさ」は小惑星でサンプルを採取後、地球に帰ってくるという快挙を成し遂げましたが、その総航行距離は約50億km(5×10⁹km=5×10¹²m)程度です。

 

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ボイジャー1号 photo by NASA(KODANSHA)

 

 現在、人類が飛ばした探査機の中で私たちからもっとも離れたところにいるのがボイジャー衛星で、その航行距離は約200億km(2×10¹⁰km=2×10¹³m)にもなります。太陽圏をまさに脱出したところで、これも素晴らしい快挙ですが、やはり宇宙全体のスケールとしてはまだまだご近所といわざるをえません。

 

近くの星までの距離を測るには

 

 近くの星までの距離を測る方法としてもっとも正確なのが、「視差」を使う方法です。

 

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図1 年周視差(KODANSHA)

 

 この原理がよく分かる方法があります。腕を前に伸ばして人差し指を立ててみましょう。次に右目を閉じて、左目で人差し指を見てください。背景と人差し指の位置関係を覚えたところで、今度は左目を閉じて右目で人差し指を見てください。そうすると、人差し指の位置が背景に対してずれることが分かります。人差し指をより近くにおくと、このずれはより大きくなります。

 

これと同じ原理を宇宙でも使うことができます(図1 )。

 

 先程の人差し指が隣の星だと思いましょう。地球は太陽の周りを回っていますので、例えば春と秋では地球の位置が変わっています。

 

 春の位置(A)が左目、秋の位置(B)が右目だと考えてみましょう。すると、春と秋では近くにある星の位置が背景にある遠くの星よりもずれて見えます(「年周視差」と呼ばれています)。

 

 太陽と地球の距離は分かっていますので、ずれの大きさ(角度)を測ることができれば、三角測量の原理で星までの距離を推定することができるのです。ただし、この方法は測定できるほど視差が大きい星、すなわち近傍の星にしか使えません。

 

 現在では、銀河系の中のおよそ10,000光年(10²⁰m)程度までの距離の星に対して、年周視差によって正確な距離が測られています。

 

銀河系の外の星は?

 

ではそれより遠い星はどうすれば良いのでしょうか? 

 

 もっとも信頼度の高い方法の1つは「標準光源」を使う方法です。宇宙では事前に真の明るさが分かっている天体が存在します。有名な例はセファイド変光星と呼ばれる星や、「Ia型超新星(イチエー型と読みます)と呼ばれる星の爆発現象です。

 

 天体は同じ明るさをもっていても、遠くにあると私たちには暗く見えます。100Wと分かっている電球が近くにあるとより眩しく見えて、遠くにあると眩しさが減るのと同じ原理です。

 

 見かけの明るさは距離の2乗で減っていきますので、この原理を用いることで、天体の見かけの明るさから天体までの距離を逆算することができます。

 

 現在、セファイド変光星では5000万光年(5×10⁷光年=5×10²³m)程度離れた近傍銀河までの距離が、Ia型超新星では、50億光年(5×10⁹光年=5×10²⁵m)程度までの距離が測られています。

 

星のもともとの明るさはなぜわかる?

 

 ここで1つ問題があります。そもそもセファイド変光星やIa型超新星の真の明るさはどうやって測られたのでしょうか? 

 

 それには別の方法を使うしかありません。例えばセファイド変光星は銀河系にも存在しますので、年周視差を使って距離を先に決めることで、真の明るさを決めることができます。

 

 しかし、Ia型超新星は銀河系では100年に1回程度しか見つからないため、この方法は使えません。

 

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Ia型超新星の爆発直後の閃光を捉えることに成功 -特異な爆発に ... www.kyoto-u.ac.jp

 

 そこで、Ia型超新星が見つかった系外銀河の距離をセファイド変光星で決めることで、Ia型超新星の真の明るさが決められています。つまり、図2のように近くから順に距離を決めていくのです。

 

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図2 宇宙の距離はしご(KODANSHA)

 

 これは宇宙にはしごをかけていくような作業のため、「距離はしご」と呼ばれています。

 

 距離はしごは、より遠い宇宙までの距離を測る素晴らしい方法です。一方で危険性もあります。

 

 もし地球に近い側の距離が間違っていると、より遠い距離の測定に全て影響してしまうからです。まさに、下の方のはしごが少し揺れると、上の方のはしごが大きく揺れてしまうのと同じです。

 

宇宙での距離を測る新たな手段!

 

 「マルチメッセンジャー天文学と呼ばれる新しい天文学は、この「距離はしご」に関しても大きなインパクトをもたらしました。

 

 「マルチメッセンジャー天文学」は、これまで人類が宇宙観測に使っていた可視光や赤外線、X線といった電磁波に、近年、観測可能になった重力波ニュートリノを組み合わせて、宇宙物理学の謎に挑む天文学です。

 

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期待される重力波天体のマルチメッセンジャー観測 photo by gettyimages(KODANSHA)

 

 特に重力波は宇宙での距離を測る強力な方法となります。

 

 重力波の強さは一般相対性理論で正確に計算できますので、重力波の強さを観測することで天体までの距離を推定することができます。つまり、他の「はしご」に頼る必要が全くないのです。

 

 実際に、2017年には「中性子星」の合体現象のマルチメッセンジャー観測が実現し、その天体までの距離が推定されました。

 

 今後、重力波天体のマルチメッセンジャー観測が進むことで、宇宙の距離が正確に測られ、さらに宇宙の膨張率の謎にも迫る研究が大きく進展すると期待されています。

 

マルチメッセンジャー天文学が捉えた新しい宇宙の姿――宇宙の物質の起源に迫る マルチメッセンジャー天文学の新鋭研究者として知られる著者が、実際の観測データを紹介しながら、その基礎から天文学の最新研究までを徹底的に解説します! 

 

田中 雅臣(天文学者)さんの記事です!

 

 

 

 

 

 

「Ia型超新星」の写真は、下記の記事を使用しました。

「Ia型超新星」発生直後の閃光を捉えることに成功 東京大学木曽観測所の観測装置

 

2021年12/20(月)